○印は悲しい。

 私の好きな○印の話は、向田邦子さんの『字のないはがき』です。
 疎開させることになった娘(向田邦子さんの末妹)に父親(向田邦子さんの父)が持たせる葉書。まだ字が書けない娘のために父親は自分の名前と住所を書いて手渡す。「元気な日は丸を書いてポストに入れなさい」と言って。
はじめのうちは葉書からはみ出しそうな大きな丸が書かれた葉書が届いたが、だんだんと丸は小さくなり、ある日とうとうバツ印が届く──。
というあの話。
 好きな話なので、よく人にあらすじを説明するのですが、毎回泣いてしまいますよ。「それで、初めは大きな丸が届くんだけどぐすん、だんだん小さくなってぐすぐす」みたいな。
 
 あと、恐らくNHKのドキュメントで見た「孤独死」の話で、亡くなった一人暮らしのおばあさんの部屋にあったカレンダーには毎日丸印が書き込まれていました。亡くなった日には○印が半分だけ。そのおばあさんは、午前中をつつがなく過ごせたら半分の○を、午後も無事に過ごせたらさらに半分を書き足して、一日で完全な丸になるように書き入れて暮らしていたんだって。だから亡くなったのはその日の午後なんだと分かったそうです。夜中に見ていて泣きました。

 うちのおじいちゃんはテレビが大好きな人で、毎朝、新聞に目を通した後は、テレビ欄もくまなくチェックして、見たい番組に○印を付けていました。最後の頃には新聞も読めなくなったので、亡くなった後に残っていたのは、亡くなる2、3週間前までの○印がついた新聞だったのですが、私はそれを捨てることができず保管して、まだ一度も見られずにいます。思うだけで泣きそう。
 じいちゃん、この番組好きだったな~って鮮やかに思い出すのも泣けるし、今はもういない人のささやかな日々の楽しみの計画というのも泣けるし。
 仕方がないので、そっと残してあります。他の人にとってはただの古新聞。

 というわけで、○印の話はいつも悲しい。

 古本屋的には、稀少な古本の巻末やカバーそでの刊行リストに○印を付ける人が存外多くて、見つけるとやっぱり悲しいです。落胆です。
 本に○をつけない、線を引かない、名前を書かない、日付を書かない、感想を書かない、帯を捨てない、カバーをテープで止めない、濡らさない。どうかよろしくお願いします。
  •   23, 2015 17:46