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アデュー、モナムール

 私、中学生の頃はサガンの『悲しみよこんにちは』や原田康子の『挽歌』に夢中でした。いやーん。青い~。若かったんだから、仕方ないじゃん!(ちょっと赤面しながら逆ギレ気味)
 誰にでも甘酸っぱい思い出はあると思います。甘酸っぱいと言うか、甘じょっぱいと言うか、しょっぱいと言うか…(だんだんしょっぱくなる)
 小学生の頃、アルセーヌ・ルパンが「メルシー」とか「アデュー」とか言うのを読んでボーッとしてた娘が、中学生になって、「モンシェリー」とか「シニスム」とか「アヴァンチュール」とかにボーッとなるのは当然のなりゆきです(言い切ってみる)。
 「大変魅力のある、非常に洗練されたひとで、高慢で人生に疲れた、冷淡な美しい顔をしていた」とか、「私は踊りながら、いつものオー・デ・コロンの香りと、暖かさと、煙草の匂いを呼吸した」とかね。て、てへへー。なんだ、なぜ照れくさいのだ。ぬぉー。(いずれも『悲しみよこんにちは』より)

 大人になって『悲しみよこんにちは』のあらすじさえもすっかり忘れていたのですが、数年前、土曜か日曜の昼下がりにやる眠たいバラエティー番組で、名作のドラマ化を試みていました。ダイジェスト版を30分ほどの安いドラマに仕上げるのです。(確か、セシル役(ヒロイン)が宮地真緒ちゃんではなかったかと。)
 それで、あらすじを思い出しました。そして昔と同じように感じる大人の自分にびっくり。「アンヌ嫌い」。聡明で洗練された大人の女・アンヌが嫌い。
 今も、台詞を引用するためにページをめくってみたのですが、やっぱりアンヌが嫌い。なんか、がっかりするほど成長ない感じです。ただ、アンヌも「生きた、感じ易い人間」だったのだと、セシルがようやく悟るところに、昔よりもリアリティを感じました。

かの女はきつと少しはにかみ屋の小さな女の子だつただろう。それから少女になり、女になつた。かの女は四十だつた。そして孤独だつた。かの女は一人の男を愛し、かれと共に十年、あるいは二十年幸福でいようと希望していたのだ。それなのに私は……。


 ここ、すごいですね。「十年、あるいは二十年幸福でいようと希望していた」って! そう! そうなの! なんてリアルな…。
 サガンがこれを書いた時、18歳ですって!(何度も言うけど、私の18歳ははなたれ小僧。)フランソワーズ・サガンめ、やはり天才ですか。

 因みに、原題は「ボンジュール トリステス」。
 (ポール・エリュアールの詩「直接の生命」から、とったようです。)
 女子のブランドに「アデュートリステス」というのがありますが、あれは「悲しみよさようなら」っつーことですね、と、目にする度、思っています。

 あ、原田康子の『挽歌』についてはまた今度。忘れてた。

ちょっと言いたい本

  •   29, 2009 15:21
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